①
ちゅんちゅん。
小鳥の鳴き声を聞いて、私は目を覚ます。
あー、良い朝だなあ。一日の始まりって感じがする。うん、悪くない。
「あー……」
と、そういう快適な気分を全て台無しにするのが現状。
自分の為に用意された部屋、携帯、パソコン、仕事着(メイド服)。
それを見て、改めて昨日までの出来事は夢でも何でもない、紛れもない現実なのだということを思い知らされる。
「……この悪の組織での仕事、いつまで続くんだろう……」
先の見えない現実。恐怖しかない未来。
はっきり言って、絶望でしかない。
「でも……」
そういう絶望の状況でも、きちんと仕事着に着替えて準備をする辺り、私もすっかり社畜精神が染みついてしまっているなあ、と思ったりする訳で。
扉を開けると、いきなり何か風が吹いたような感覚に陥った。
そして直ぐにそれがただの風ではなく――私の目の前で刀が振り落とされたのだと理解する。
あれ、何というか私、いくら何でも冷静過ぎない?
「……おはよう……ございます?」
そこに居たのは、志穂さんだった。今日も日本刀片手に、びしっとメイド服を着こなしている。
「起きているようで何より。……朝食の準備が出来ましたので、呼ぶようにと」
「ええと……ありがとうございます。誰から……ですか?」
「……恵美さんが、そう言ったから」
「ああ、恵美さんが……。ってことは、あの人が朝食を作ってくれているんですか?」
「……基本的には」
会話の応答に少しだけラグがあるような気がする。何だろう、ADSLなのかな?
「じゃあ、行きましょうか。ご飯食べたいし!」
私はそう言って意気揚々と部屋を出て行く。
その右斜め後ろ一メートル距離を置いて歩く志穂さん。何というか、昔ながらの女性って感じだなあ。年齢が全く予想出来ないので、それ以上は何も言えないのだけれど。踏み込んだことを言えないから辛いよね、女性同士の会話って。結構禁句なことも多いし。
廊下を歩くときも、結局私達は無言を貫くことしか出来なかった。
志穂さんは会話をしてくれるような気が利いた人には見えなかったし、私としてもそこで何か話題を提供出来る程出来た社会人でもない訳だった。
食堂に到着すると、恵美さんが机の前に座っていた。
机の上には、お盆と鍋とお釜が置かれている。お釜は電気釜、鍋はコンロの上に置いてある。コンロは火が付いているので、保温されているのだと思う。そして、銀色のボウルの中にはサラダが入っているようだった。
「早かったですねえ、一番乗りですよ」
恵美さんが言うと、私は挨拶をする。
「おはようございます。一番って不味いんですか? もしかして、会長が一番先に食べないといけない決まりがあるとか?」
「いや、別にそんな決まりはないですよ。うちは決まった労働時間がありませんから、食べられる時に食べておかないといけません。体力勝負ですからね、スタミナをつけておかないと」
「……何だか嫌な予感しかしないというか、何というか」
「何だ。朝は早いのだな」
声が聞こえて振り返る。そこにはご主人様――東谷が立っていた。
東谷はニヒルな笑みを浮かべながら、くっくっくと言って。
「まあ、きちんと朝起きられる人間ではないと困るものだよなあ? 私も朝は弱い方ではないが、そういう人間を使うようになると色々と面倒になるものだからな」
「何かそういう経験があるような言い回しですけれど?」
「それは追々話すことにしよう。……さて、恵美。今日のご飯は?」
「めーくんが好きな豚の生姜焼きですよー」
朝からハードなメニューですね。
「生姜焼きか。確かに今日はスタミナのつく料理が食べたかったところだ。色々と大変なことになっていくからな、これから。それじゃあ、いただこうか」
「大盛りで良いですよね?」
「ああ」
そう言うと、ご飯茶碗にご飯を盛っていく恵美さん。一回、二回、三回……あれ、何か多くない? もう既に普通盛りの領域超えているような気がするのだけれど、きっとそれは気のせいじゃないような気がするのだけれど。
そして最終的に盛られたその量は、昔話に出てきそうなこんもりお山になったご飯であった。おかずも大量に盛り付けられたけれど、朝からその量を食べられるのだろうか。食べられなかったら廃棄ルート一直線だけれど。
「はい、それじゃあ雪乃さんはどうなさいますか? 若いからたくさん食べますよね?」
否定の意思を入れる余地すらないんでしょうか。
「い、いえ……普通盛りで……。食べられないと困るので……」
あらそうですか、という残念そうな表情を見ながら、私はどこか申し訳なさそうな感じになってしまうのであった。
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